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日刊 温暖化新聞|エダヒロはこう考える
2008年02月17日
日本はいくら払うことになるのか?
2008年の年明けとともに、京都議定書の第一約束期間(2008~2012年)が始まりました。
今年は、日本政府が1月のダボス会議を経て、7月の洞爺湖サミットで、「日本の中長期的な削減の数値目標」をどのように出すか、がひとつの焦点となります。
もうひとつ、今年の動きやうねりの大きな原動力になるのが、「炭素の価格づけ」です。具体的には、排出量取引に関わる話題や動きが活発化してくるでしょう。京都議定書の第一約束期間(2008~2012年)が始まった、ということは、炭素に価格がついた、ということなのです。
今回は、京都議定書を守るために(そしてその先も)、日本はどのくらいの公的資金を投入することになるか?を、北村慶著『温暖化がカネになる』(PHP研究所)を参考に考えてみたいと思います。
京都議定書では、日本は「マイナス6%」を約束しました。
もう少し詳しく説明すると、
1)2008~2012年の温室効果ガスの平均排出量を
2)1990年に比べて
3)6%減らす
ということです。
ちなみに、カナダも日本と同じく6%、アメリカ(離脱しましたが)は7%、EUは15ヶ国で8%の削減です。
日本政府は、2005年4月に「京都議定書目標達成計画」を閣議決定しています。2005年の段階で、1990年から排出量は7.8%増えていましたから、1990年比6%減のためには、13.8%減らす必要があります。
そのために、
a)CO2をはじめとする6種類の温室効果ガスの排出量を8.4%削減する
b)森林整備によって、京都議定書で認められた「森林吸収源」に3.8%相当の排出量を吸収させる
c)京都メカニズムによる「排出権」を購入することで、1.6%を削減したことにする
という計画になっています。
さて、日本の1990年の排出量は、12億6100万トンでした(二酸化炭素以外の温室効果ガスも炭素換算した数字です)。このうち、1.6%を排出権によって対処しようという考えですから、約2000万トン分の排出権を購入することになります。現在、排出権市場のあるヨーロッパでは、1トンあたり20ユーロ(約3300円)前後で、取引されています。
つまり、日本は2008年から2012年まで毎年、2000万トン×約3300円=約660億円の公的資金(税金)を使って、約束した6%のうちの1.6%分の排出権を購入することになります。一度限りではなく、毎年!です。。。
しかし、これは最低限の支出レベルです。つまり、最初から買うはずだった1.6%以外は、すべて削減または吸収できた、という場合のシナリオです。では、c)の排出権購入以外の、a)とb)の見通しはどうなのでしょうか?
政府の計画では、a)の8.4%削減のうち、原子力発電所の稼働率を向上することで2.3%、産業界や家庭等の努力によって6.1%を減らすことになっています。
残念ながら、そのどちらも、期待どおりには進んでいないのはご存じのとおりです。また、b)の森林による吸収も、林業衰退などによって森林の整備ができていないため、期待されている吸収量が得られない可能性がかなりあると考えられています。
(森林はただあればよいのではなく、適切に管理されてはじめて、CO2の吸収源として認められます。手入れをせず老齢化したり弱っている森林は、吸収どころかCO2の排出源となってしまいます)
とすると、産業界・家庭・森林などの削減(吸収)量が計画に届かなかった場合は、どうなるのでしょうか?
足りない分を、排出権取引で購入して穴埋めをすることになります。さきほどの1.6%とは別に、さらに買い増さなくてはならないのです。
ではどのぐらいの買い増しコストがかかる可能性があるのでしょうか?
実際には「これからどれだけ、産業界・家庭で削減できるか」次第ですが、もし5%足りなかったとしたら、12億6100万トンの5%=6305万トン分の排出権を買う必要があります。10%足りなければ、1億2610万トン分です。
もっとも、この数字は、1年分の不足分です。京都議定書では、5年間の平均の数字で測られますから、それぞれ5倍(5年分)で計算する必要があります。5%の不足なら3億1525万トン、10%の不足なら6億3050万トンとなります。
さて、1トンあたりのコストを、さきほどは現在の取引価格である20ユーロ(約3300円)で計算しました。
しかし、この先もこの値段で推移するかどうかはわかりません。日本をはじめ、第一約束期間の終了間際になって、「やっぱり足りない!」と買いに走るプレーヤーがいることが想定されているので、おそらく、値段は上がっていくでしょう。すでにヘッジファンドも大きく動き出しているそうです。
価格はどこまで上がる可能性があるか? 予測は難しいですが、ひとつのめどは、現在すでに市場で取引をはじめているEUが設定している値です。EUでの排出権取引は、「EU域内排出権取引制度(EU-ETS)」という制度に基づいておこなわれています。この制度では、EU域内の事業所に、排出枠
(キャップ)が定められ、それを下回れば、排出権として転売(トレード)できる、というものです。キャップ&トレードシステム、と言われます。
そして、定められた排出枠を上回ってしまったら、1トンあたり40ユーロの罰金を払うことになります。ですから、枠を上回った企業は、他企業から排出権を購入して、超過分を相殺しようとし、市場が成立しています。
この罰金額であれば、排出権の価格が1トンあたり40ドルを超えることはないのですが、EUの制度では、この罰金が2008年から100ユーロに上がります。つまり、排出権の値段も、100ユーロ以下の範囲で、上昇する可能性があります。
たとえば、5%不足して、3億1525万トン分買う必要があるとして、1トン50ユーロだったとしたら、2兆6000億円です。もし10%足りなければ、その倍ですから、5兆円以上となります。
さらに、最後の最後には買わざるを得ない日本政府の足元を見て、ヘッジファンドその他が売価を高く引き上げていたら、もっとお金がかかることになります。(しかも、いったん払えばおしまい、ではなく、京都議定書やそれにつづく枠組みがあるかぎりずっと、超過分の排出権を買いつづけなくてはならないでしょう)
つまり、自分たちで減らせなかったために、数兆円の公的資金を投入する必要が出てくる可能性がある、ということです。
数兆円規模の公的資金投入は、とても大きなことです。しかも、このお金は、日本に残るのではなく、国外に出て行ってしまいます。そのとき、日本の社会や経済はどうなるのでしょう? 税金をあることに投入するということは、別のことには投入できない、ということなのです。(税収がどんどん増えればよいですが、日本ではおそらくその逆の事態を想定せざるを得ないでしょうし)
もし、これからも排出量が減るどころか増える一方で、大量に排出権を購入することでその穴埋めをせざるをえなくなるとしたら、暮らしや産業活動の水準を維持し、向上するための資金すら、回さなくてはならなくなるかもしれません。
経団連は、「炭素税や排出権取引は、国際競争力を損なう」と反対しています。しかし、炭素税や排出権取引を設定して、まだ意識の高くない企業や人々も含め、多くの人々の行動を変えていかなければ、数兆円規模の資金をその穴埋めのために投入せざるをえなくなります。そうなれば、まさにおそれている国際競争力の喪失につながってしまうのではないでしょうか。心配です。
日本にはまだ排出権取引の制度はありませんが、京都議定書そのものがグローバルな排出権取引制度の枠組みであるとも考えられます。「日本には排出権取引はないからいいんだ」という人もいますが、2008年からは、日本にいようとも、やはり炭素に価格がついている、ということなのです。
「必要な排出権を購入するために、日本人は一生懸命働かなくてはならず、そのためにもっと多くの二酸化炭素が出てしまう!」という悲喜劇的状況に陥らないよう、炭素の価格づけという新しいルールが施行された今、本当に何が必要か、何をすべきかをしっかり考えなくてはいけないと思うのです。
(2008年2月17日)