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日刊 温暖化新聞|温暖化REPORT
発行: | 文部科学省http://www.mext.go.jp/ 気象庁http://www.jma.go.jp/jma/index.html/ 環境省http://www.env.go.jp/ |
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発行日: | 2009年10月 |
ページ数: | 69ページ |
入手先: | PDFダウンロード |
- 本レポートは、気候変動に取り組むには緩和策と適応策を併せて行うことが重要だという観点から、日本を中心とする気候変動の現状と将来の予測や温暖化が及ぼす影響を豊富な図表とともに解説するほか、国や地方の行政機関、国民が気候変動への適応策を考えるにあたって役立つ最新の科学的知見を提供する。
概要
2007年、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第4次評価報告書(AR4)を発表し、「気候システムの温暖化には疑う余地がない」ことを科学的に示した。さらに報告書は、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の増加によってもたらされた可能性が非常に高い」ことを明らかにした。
気候変動に取り組むには、温室効果ガスの排出を抑制する緩和策と、気候変動の影響を軽減しようとする適応策の両方を実施していくことが重要である。
本レポートでは第2章でまず、気候変動が生じるメカニズムを詳説した上で、20世紀の世界平均気温の変動を分析した結果を示す(図1)。IPCCは、この分析結果により、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の増加によってもたらされた可能性が非常に高い」と結論付けた。本章では、各種の観測データや、気候変動予測モデルの計算結果の不確実性を認めた上で、IPCCがAR4で採用した気候変動予測モデルには一定の信頼性があることを説明している。
さらに、近年の温暖化が17世紀前後の小氷期からの自然の回復とみなすことはできないこと、現在の温室効果ガス濃度は、過去65万年のいずれの間氷期における濃度よりもはるかに高いことなど、長い時間スケールの変動も考察し、近年の温室効果ガス濃度の上昇は急激であり、これまで経験したことのない速さで気候システムに対する強制力が増大していると指摘している。
では、温暖化は今どのような状況で、将来どうなるのだろうか。
本レポートは、第3章で降水量や気温、海洋観測など、様々な観測データを基に、世界と日本の気候変動の実態を探っていく。気候変動を把握するためには、その均質性が長期間維持されているデータを用いることが重要であり、観測データには、19世紀末からの長期記録が残っている箇所のデータが用いられている。ここでは、そのデータに基づき、日本における5つの要因の変動をまとめている。将来の予測は、IPCCのSRESシナリオ(Special Report on Emissions Scenarios)のなかの次の3つのシナリオに基づいている。
- A2:経済発展重視かつ地域の独自性が強まるシナリオ
- A1B:経済発展重視かつ地域格差が縮小しグローバルが進むシナリオ。全てのエネルギー源のバランスを重視する
- B1:環境の保全と、経済の発展を地球規模で両立するシナリオ
(1)気温の変化
- 過去~現在:平均気温は1898年以降100年あたり約1.1℃の割合で上昇している。特に、1990年代以降、高温となる年が多い。気温上昇に伴い、熱帯夜や猛暑日の日数が増え、冬日の日数は減っている。
- 今後の予測:二酸化炭素濃度の増加に伴い、日本の気温は上昇し、その上昇幅は世界平均を上回る。冬日は平均で25~38日減少。真夏日・猛暑日及び熱帯夜は増加、特に関東地方と近畿地方以南で増加が大きい。
(2)降水量の変化
- 過去~現在:年降水量は年ごとの変動が大きく、明瞭な増加もしくは減少傾向は認められない。一方、1日に降る雨の量が100mm以上及び200mm 以上の大雨の日数は、長期的に増える傾向にあり、地球温暖化が影響している可能性がある。
- 今後の予測:年降水量は、21世紀末には20世紀末に比べて平均的に5%程度増加。ただし、予測の不確実性とともに、年々変動が大きいことに注意が必要。地球温暖化が進めば、夏季の降水量と大雨の日数が増加する。
(3)台風
- 過去~現在:台風の発生数、接近数、上陸数にははっきりした長期的な傾向は認められない。1951~2008年の台風の発生数、日本(小笠原、南西諸島を含む)への接近数及び上陸数は、いずれも年々の変動が大きく、長期的な傾向は不明瞭。ただし、ここ数年は、ほとんどの年で発生数が平年値を下回っている。
- 今後の予測:地球温暖化に伴い、非常に強い台風の数が増加。
(4)海面水位の変化
- 過去~現在:最近100年の日本沿岸の海面水位には、世界平均の海面水位にみられるような明瞭な上昇傾向は認められない。日本沿岸の海面水位には、1950年ころに極大がみられ、また約20年周期の変動が顕著。
- 今後の予測:二酸化炭素濃度の増加に伴い、世界の平均海面水位は上昇。ただし、日本周辺の海面水位については、顕著に現れる周期的な変動による予測の不確実性を考慮する必要がある。
(5)海洋の酸性化
- 過去~現在:南方の海域では、海洋表面から中層にかけての範囲で、海水中の二酸化炭素濃度が時間とともに増加しており、海洋の酸性化の進行は明らか。
※海洋酸性化は、炭酸カルシウムの殻や骨格を作る貝、サンゴなどの生物群の生存に影響があると考えられているが、個々の生物種や生態系に対する影響についての研究は始まったばかりであり、海洋酸性化とその影響については、今後も理解を深めていく必要がある。
さらに本レポートは、日本における気候変動の影響を6つの分野にまとめている。
(1)水環境、水資源分野
年降水量の変動幅の拡大に伴い、大雨の頻度の増加の可能性及び渇水リスクが高まっている。将来はこのようなリスクのさらなる増大、水温上昇や濁質の流入による湖沼の水質悪化等が予測される。
(2)水災害、沿岸分野
高潮や記録的な大雨による浸水などの被害が増加。将来は、海面上昇による浸水域の拡大や砂浜の喪失等、また、台風の強大化に伴う高潮の増大による被害の拡大が予測される。(3)自然生態系分野
高山植物の減少、サンゴの白化、開花の早まりや紅葉、落葉の遅れといった生物の季節活動への影響等が既に起こっている。将来、ブナ林の適域の減少やマツ枯れの拡大、サンゴの白化の拡大等、これまでに観測されている影響がさらに進行することが予測される。(4)食料分野
コメ、果樹の品質低下等の影響は既に発生しており、将来のコメ収量の変化傾向、果樹の栽培適地の変化(高緯度への移動)、回遊魚の生息域の変化などが予測される。(5)健康分野
熱中症患者の増加や、感染症を媒介する生物の分布域の変化等が起こっている。将来については、熱ストレスによる死亡リスクの増加、熱中症患者数の更なる増加、感染症媒介生物の分布域の拡大が予測される。(6)国民生活、都市生活分野
日常生活に密接に関わり、国民が実感する現象として、自然環境や気象条件の変化の伝統行事への影響や、観光業やスキー等のスポーツ産業への影響等が起こっている。将来の現象としては、猛暑日や熱帯夜の増加による不快感の増加、エアコン使用時間の増加による家計への負担、雪不足やサクラ開花時期の変化等による地域文化への影響等が予測されている。
以上6分野における影響のほか、平均気温上昇に応じて各分野で生じる影響、ならびに推定される被害コストを示した図も紹介している。(図3、図4)
本レポートによると、平均気温上昇が3.2℃の場合、洪水、土砂災害、ブナ林の適域の喪失、砂浜の喪失、西日本の高潮被害、熱ストレスによる死亡リスクの被害額試算の合計は、年あたり約17兆円(現在価値)と予測されている。温室効果ガス排出を大幅に削減し、産業革命時から21世紀末までの気温上昇を約2℃程度に抑えた場合は、影響・被害も減少すると見込まれるが、予測被害額は約11兆円で、一定の被害が生じることは避けられないという。
以上を踏まえ、適応策の必要性・重要性を説く。また、効果的・効率的な適応を行うには、地域の脆弱性を適切に評価することが重要だとし、各分野における具体的な取組み例を紹介しながら、適応策の方向性を探る。
また、気候変動の観測・予測・影響評価における日本の現状とその成果、今後期待される成果を、写真や図表を盛り込みながら具体的に示し、研究開発の進歩に触れている。
最後に、上記で述べたような被害コストを考慮すると、気候変動及びその影響を防止するには、温室効果ガスの排出削減対策を直ちに強化すると同時に、50年、100年といった長期的なフレームで持続的に大幅な排出削減を実施することが必要だと強調する。気候変動に関する情報・知見は、今後ますます広範囲でより正確なものが求められるようになるだろうが、今後も新たな情報・知見の提供や、説明・解説の努力を重ねていく必要があると結ぶ。
- <図1>
予測モデルによるシミュレーションの比較
黒線は、観測された気温の変動を表す。緑帯は、気候変動予測モデルに人為起源と自然起源の強制力を与えて計算された気温の変動である。一方、青帯は、気候変動予測モデルに自然起源のみの強制力を与えて計算されたものである。緑帯と青帯のそれぞれの幅は、複数の気候変動予測モデルで計算した結果をまとめたことによる、科学的な不確実性を表す。
出典:IPCC, 2007
- <図2>
実線は、A2、A1B、B1 シナリオそれぞれについての複数のモデルによる(1980~1999年と比較した)世界平均
地上気温の昇温を20世紀の状態に連続させて示す。陰影は、個々のモデルの年平均値の標準偏差の範囲。右側
の灰色の帯は、6つのSRESシナリオにおける最良の推定値(各帯の横線)及び可能性が高い予測幅。
出典:IPCC, 2007
- 気温上昇予測については、図3.2.5(※原文の図表番号)における予測結果をもとに、図4.1.1(※原文の図表番号)と同様、可能性の高い予測幅を、平均予測値の-40~+60%で示している。図4も同様。
※ページトップの入手先URLより原文(PDF)を参照できます。 - 予測された定量的な影響は、1981~2000年を基準とした値。図4も同様。
- 洪水はん濫、斜面崩壊、高潮浸水、砂浜喪失の影響及び被害額の算定に当たっては、SRES B2 シナリオによる解析結果を使用している。各影響の
発現に大きく関与する降水量及び海面水位の上昇は以下の予測に基づく(1981~2000年を基準としたときの変化量:年平均降水量変化は%、海面
水位上昇はcmで表す)(温暖化影響予測総合プロジェクトチーム、2009)。
- 平均気温が1.0℃上昇:年平均降水量は1%増加、海面水位は7cm 上昇
- 平均気温が1.7℃上昇:年平均降水量は7%増加、海面水位は12cm 上昇
- 平均気温が3.2℃上昇:年平均降水量は13%増加、海面水位は24cm 上昇
- 各項目別の影響評価に関する備考。
- 降水量の変化:2081~2100年の予測(RCM20使用)を同期間の気温上昇量に読み替えている。(国土交通省社会資本整備審議会、2008)
- 河川・湖沼・ダム湖等の水温の上昇、水質の変化:過去の変化からの推定。(尾崎ら、1999)、(福島ら、1998)、(草場ら、2007)
- 淡水レンズ(南西諸島)の縮小:定性的な推定。(神野ら、2006)
*1 透水性の土質の地下で、海水と淡水の比重差から、島の地下水(淡水)が海水(塩水)の上にレンズ状の形で浮いているものをいう。
- ブナ林の適域変化、熱ストレス死亡リスク変化及びこれらの被害コストの算定に当たっては、SRES B2 シナリオによる解析結果を使用している(温暖化影響予測総合プロジェクトチーム、2009)。
- 各項目別の影響評価に関する備考。
- ブナ林の適域: ブナ林の適域とは、ブナ林の分布確率が0.5以上である地域を示す。(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム、2009)
- マツ枯れ: マツ枯れ危険域ではないマツ分布地域が危険域に変化する割合を推計。(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム、2009)
- 高山植物群落の減少: 定性的な推定。(環境省地球温暖化影響・適応研究委員会、2008)、(増沢、2005)、(Naganuma et al., 2006)
- サンゴの白化、北方種の減少・南方種の増加: 複数研究のレビュー。(Hughes et al., 2003)、(Harley et al., 2006)、(Nakano et al., 1996)
- サクラの開花: CO2濃度上昇の影響を考慮していない。2082~2100年の予測(RCM20使用)を同期間の気温上昇量に読み替えている。サクラ 開花が2週間早まる際の春季(2~4月)の気温上昇量平均値は約3.3℃。(清水ら、2007)
- コメ収量: CO2濃度上昇の影響を考慮している。地域別に見ると、北海道、東北では気温上昇とともに増収する傾向は続くが、西日本ではおよ そ3℃を超えると減収に転じる。(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム、2008)
- 果樹栽培適地: CO2濃度上昇の影響を考慮していない。気温上昇に伴い新たに栽培適地となる地域もある。(杉浦ら、2004)
- 回遊魚の生息域の変化、養殖適地の北上:
(伊藤、2007a)、(伊藤、2007b)、(桑原ら、2006)
- 熱ストレス死亡リスク:
至適気温*2を過去のデータを用いて県別に推定し、至適気温が将来にわたり変化しないと仮定して、高気温による超過死
亡率(熱ストレス死亡リスク)を予測している。(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム、2009)
- ヒトスジシマカ:
2035年、2100年の予測(MIROC使用)を同年の気温上昇量に読み替えている。(Kobayashi et al., 2008)
- 《熱中症や熱ストレス、感染症等》
健康分野での知見に基づく推定。(環境省地球温暖化影響・適応研究委員会、2008)
- スキー場利用客:
北海道と標高の高い中部地方以外の、ほとんどのスキー場での利用客が30%以上減少すると予測。(Fukushima et al. 2002)
- 真夏日日数:図3.2.7(※原文の図表番号)より
※ページトップの入手先URLより原文(PDF)を参照できます。
*2 気温と死亡の関係において、気温と総死亡率の関係曲線上(V 字型の曲線)で死亡率が最低となる気温。