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日刊 温暖化新聞|あの人の温暖化論考
地球温暖化問題は、複雑な難しい問題である。ほとんどの人は、地球温暖化を食い止めたいと考えているし、持続可能な社会を実現していきたいと考えている。そしてそれに向けて取り組んでいくべきだと考えている。しかし、世界はもちろん、日本においても、温室効果ガス排出削減の程度、タイミング、手法などの見方は、人によってかなり異なっている。そのギャップを少しでも埋めて、多くの人がより良くこの問題を理解し、より良く解決していけることをいつも願っている。不確実性の大きな問題であり、不確実性のとらえ方は最終的には一人一人異なるし、最終的には価値判断を伴う問題であるため、意見が異なって当然である。ただ、システム工学を専門とし、主にエネルギー・地球温暖化問題をその対象としている著者は、この広範にわたる複雑な問題を総合的にとらえ、かつ、深いレベルで分析を行うことによって、より良い情報整理、より良い情報発信を行い、各人の意思決定をサポートしていくことを使命と思っている。
データの見方が異なって、意見の違いとなって表れる場合は多い。米国を環境先進国だと見る人は少ないかもしれないが、例えば、日本とEUのどちらが環境先進国なのかという異なった見方はあるだろう。一つの例を示そう。図1は、GDPあたりの一次エネルギー消費量の推移である。よくある2つの見方は、1つは、日本の指標は優れているとするもの、もう1つは、日本の指標の改善は他国に比べて劣っているとするものである。両者とも真実を語っている。しかし、得られる結論は趣を異にしている。前者は、よって日本は省エネ先進国であると主張されることが多く、一方後者は、日本は近年、省エネ努力を怠ってきており、環境後進国になりつつあるとする見方である。具体的な数値を見ると、2008年の指標は日本が0.1 toe/thousand US$であるのに対して、ドイツは0.16、米国は0.19、中国は0.8程度と大きな差異があり、日本は優れたエネルギー効率を誇っていると言える。一方、改善率で見ると、日本は1980年以来、年率0.9%程度であるのに対して、ドイツや米国は年率2%あまり、中国は年率5%で改善してきている。この間、GDP成長率は、日本は年率2.2%、ドイツ1.9%、米国2.9%、中国10%であった。
この指標は、統計から簡単に入手可能であり、そしてマクロのエネルギー効率を達観するには良いが、ものの表面を映しているようなものであり、単純にこの指標のみを表面的にとらえると誤解も生みやすい。一つには、この指標は、技術的な省エネレベル以上に、産業構造の違いなどによって大きく差が出ることがある点だ。日本が、近年あまり変化が見られないのは、既に高い効率を達成していることに加え、先進国ではめずらしいほど、製造業の高い比率を維持していることが比較的大きく効いている。製造業からサービス業へのシフトが進めば、この指標の改善は大きく進む。また、製品の質が向上し、付加価値が高くなっても大きく向上する。技術的な省エネレベルを見るには、製品別のエネルギー効率を見ることが重要である。図2は鉄鋼部門の高炉・転炉鋼のエネルギー効率比較であるが、このレベルで比較しなければ技術的な省エネレベルを把握することは難しい。しかし、このようなレベルでの国際的な効率推計は、必ずしも容易ではなく、多くのデータを基にした精緻な推計が必要であり、国際的にも十分理解されていない。
産業構造を変えて図1で見るようなマクロのエネルギー効率を低減させるべきという意見もあり、それは尤もである。しかし、世界全体で産業構造が変わったり、もしくは各国の「消費構造」が変化したりすることは重要であるものの、一部の国の産業構造のみが変化しても、グローバル化した世界においては、エネルギーやCO2排出の抑制にはほとんど効果がない。図3は、英国と欧州について、国内でのCO2の直接排出に加え、輸入した製品等が海外で製造されCO2排出された分も含めたCO2排出を示したものである。図1では英国の改善率は大きく、図3でも直接排出はかなり減っているが、1990年以降、間接排出分が増え、世界全体で見たCO2排出減にはほとんど寄与できていない。こういったデータも現時点では容易に得られるわけではなく、専門性を有した分析を通して推計できるものである。
もとより、どちらが環境先進国かどうかは重要ではない。すべての国がより良くエネルギーを利用し、CO2排出を減らすことこそが重要である。しかし、データの見方を誤り、データを表面的に解釈してしまうと、より良い対策がとれなくなる恐れがある。深層に逼ることによって、現実の社会で、より効果的な対策を見出していくかを我々は考えていかなければならない。
もう1例触れておこう。太陽光発電の費用は高いが、それは投資を促し、むしろ経済発展につながる(GDPは、単純化して言えば、消費と投資の和)という主張も最近ときおり耳にする。これも表面的には正しい。しかし、これは無駄に高い道路を作れば経済は発展すると主張しているにも等しい。需要があってそれが我々の効用増につながるか否かが経済発展の鍵である。電気料金が2倍、3倍でも太陽光発電の方が好ましいと思う人にとっては、太陽光発電の導入はむしろ経済発展に寄与するだろう。しかしながら、そのように高い費用を払っても良いと考える人は現在ではまだ少数である。なお、補助金等による支援は、他の人もしくは将来の人の負担であるので、これは経済負担でしかないことも理解しておかなければならない。少し高くても環境のためにお金をかけたいと思う人が増えていくことは大事なことである。それは環境と経済の両立につながる。環境技術の進展、社会の環境意識がうまくバランスがとれて進展することが重要であり、それと調和し、それをうまく誘導するバランスのとれた政策が大切である。
理念を持つことは大事だと思うが、一方で、強すぎる理念は、時に物の見方、判断を曇らせてしまうとも自分は思っている。特に学者は、冷静で深い分析、そしてそれに基づいた解釈が必要であり、それを弛まずに行うことが、社会に長期的により良い判断材料を提供することにつながると信じている。温暖化問題は、裾野が広い問題であり、俯瞰的にとらえることが重要である。一方で、「神は細部に宿る」ことは多い。森を見つつ、木も見なければ、本質を見誤ることも多い。そして土も見なければならない。我々が直面している問題は大変大きく、そして深い。常に謙虚に、マクロの目とミクロの目、両者を磨いていきたいと思う。
(2011年9月15日)
秋元 圭吾(あきもと けいご)
財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)副主席研究員
昭和45年生まれ。平成11年 横浜国立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。平成11年 財団法人 地球環境産業技術研究機構 入所、研究員。同主任研究員を経て、平成19年より、同 グループリーダー・副主席研究員 現在に至る。平成18年 国際応用システム分析研究所(IIASA)客員研究員。平成22年~ 東京大学大学院総合文化研究科客員教授。IPCC第5次評価報告書代表執筆者。エネルギー・環境を対象とするシステム工学が専門。著書として、「低炭素エコノミー―温暖化対策目標と国民負担」(分担執筆)、「CO2削減はどこまで可能か―温暖化ガス‐25%の検証」(分担執筆)など。1997年IIASAよりPeccei賞