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日刊 温暖化新聞|あの人の温暖化論考

島国ツバルが僕に教えてくれたこと / 遠藤 秀一

ツバルというと「海面上昇※1の為に沈んでしまうかもしれない島国」という枕詞が付けられることが多いが、実際現地を訪れてみると、一言では語り尽くせないほどの魅力に溢れている。まず目に飛び込んでくるのは海の強烈に美しい色彩だ。悩みがある時でも海を見ていると、自分の悩みなんかちっぽけなものに感じてくる。南太平洋の雄大な自然に囲まれて、ゆうに千年を超すと言われるツバル人の自給自足をベースにした生活の知恵と、その中で育まれてきた人々のおおらかな気質と文化に、僕は強く惹かれ続けてきた。

自給自足と言っても珊瑚や有孔虫などの生物由来の砂だけでできた貧弱な島である。日本のように豊かな畑が作れるわけではない。砂に落ち葉を根気よく混ぜ込んで腐葉土をつくり、タロイモやバナナを育てる。庭先にはブレッドフルーツが実り、ココナツには不自由しない。魚を捕り、ココナツの殻で火をおこし料理をする。周りの自然から生きられるだけの食料をいただいて、分け合って食べる。そして寝る。「生きること」そのものが仕事なのだ。楽しみは子どもの成長だと島民は声を揃える。この贅沢も無駄もない暮らしぶりが、私たち先進国の必要以上の贅沢と無駄、そこから排出される二酸化炭素によって、失われようとしている。どうにかしなければ、と感じるのは僕だけではないはずだ。

近年になって、ツバルの伝統的な暮らしにも変化がみられるようになってきた。絶海の孤島である島国にもグローバリゼーションの波は静かに忍び寄ってくる。特に若い世代は消費文明への憧れを抱きがちだ。お金と消費財を求め、海外への出稼ぎに解決策を求める。その結果、唯一の空港がある首都のフナフチ環礁フォンガファレ島に人口が集中してしまった。ここには船員の養成学校もあり、そこで訓練を受け海外の貨物船や延縄漁船で働くシーマンという職業も人気がある。フィジーから週に2回しか来ない40人乗りのプロペラ機は、出稼ぎに出る人、帰ってくる人、で常に混み合っている。

わずか日比谷公園ほどしかないこの島に、国の半分近い人口4,500人が集中している。南太平洋でも群を抜く人口密度だ。この人口集中に海面上昇が追い打ちをかけて、島内には様々な問題が顕在化している。ここでは塩害に焦点をあてて紹介していきたい。1950年ころから地下にあるウォーターレンズ※2とよばれる真水層への塩害が始まる。周辺の海面がわずかに上昇したことによって、もともと脆弱なウォーターレンズに海水が混入しはじめる。同時に首都への人口集中も重なり、それまでは目の前の海を活用してきた人間の糞尿処理を、衛生目的で海外から導入された簡易浄化槽のトイレに切り替えた。この中途半端な浄化槽から溢れ出る糞尿がウォーターレンズに流れ込み、塩害も重なって、やがて飲料での使用は不可能となる。伝統農法のタロ芋栽培もウォーターレンズに依存している。地下水の汚染により生育不全になってきた芋栽培に、1990年頃から顕著になった異常高潮(キングタイド※3)が被害に拍車をかけた。キングタイドが発生した時には、島内でも特に海抜が低い場所から海水が湧き出してくる。タロ芋畑は地面を掘り下げて耕作するため、海抜が低く影響を受けやすい。芋の不作が続きフォンガファレ島ではほとんどの人が芋の栽培をあきらめてしまった。水も食料も無いところでは人間は生きていくことができない。

第二次大戦中、この島を占領していたアメリカ軍が米食を持ち込んだこともあって、芋の不作は米の輸入に拍車をかける。オーストラリアから輸入されるお米がフォンガファレでは主食の座に替わろうとしている。米の輸入は同時に消費社会の流入を促進した。缶詰、瓶詰、クラッカー、冷凍肉、野菜、果物、コーラにミネラルウォーターのペットボトル。いままでツバル人が手にしたことがない石油製品が小さな店の棚に並ぶ。その結果、島のあちこちでプラスチックゴミの散乱が目立つ。北端のゴミ捨て場には目を背けたくなるようなゴミの山が出現した。また輸入される食材の安全性、そして、今まで食べたことのない食品を大量に摂取することからおこる疾病、そんなことに不安を感じる人も増えてきている。

この小さな島で起きている問題は実は日本という島国が抱えている問題と共通している。それはこの島の水事情を例にひくと分かりやすい。海面上昇の影響と人口集中で地下水が使えないことは先にも述べた。山がないツバルでは地下水に代わるものは雨水しかない。今までアダンの葉で葺いていた涼しい伝統的な屋根をあきらめ、トタン張りに変更した。そこに樋を付けコンクリート製のタンクに導き貯水する。1つのタンクが満タンになれば、家族が2週間は苦労しないで飲み水を得ることができる。しかし、乾期になると水は不足する。離島では島で共有する巨大な雨水タンクを用意している。人口の少なさもあって、乾期はその水を使うことで難を逃れている。しかし、4,500人もいる首都の島では、乾期の水不足は一番の恐怖だ。1997年のエルニーニョの翌年、1998年には大規模な干ばつが起きた。その際、日本の緊急援助で海水から真水をつくる小型のプラントが導入された。140kWの電機モーターの圧力で中空フィルターに海水を押し込み脱塩する。このプラントは2006年にも追加導入され、現在は雨期乾期によらず2台がフル稼働である。

フォンガファレ島には日本のODAによるディーゼル発電所がある。しかし、主たる産業を持たないツバル国は外貨の獲得が難しくディーゼル燃料の購入資金も常に不足している。そこで無償資金協力で燃料代も支援され、発電所は辛うじて稼働している(2009年度は2億円が拠出された)。2009年11月現在、日本では念願の政権交代が実現し、蓄積している無駄の削減に躍起になっている。この過程でツバルへの無償協力は無駄であるとして打ち切られた場合、この島の人間が生きる為の水を、電力を使って作ることは不可能となる。水がない、それはすなわち死を意味する。

この図式を日本に当てはめて考えてみたい。中東情勢の不安定化、警告され続けているオイルピークの顕在化、原因はいくらでも考えられる。石油資源が今までのように安価で安定供給できない事態は必ず来るであろう。すべての資源には限界がある。最悪の場合、手に入らない、それも石油危機とは違って、それ以降、永遠に石油資源が手に入らなくなった場合、私たちの暮らしはどうなるのだろうか? 化石燃料に依存しきっている今の状況で石油が絶たれれば、電力の安定供給は難しい。浄水場は機能せず、6割を占める輸入食料品の運搬も不可能だ。鎖国をしていた江戸時代の人口が3,000万人だった事を考えると、1億3,000万人の未来は絶望的にすら感じる。

ツバルには幸い解決策がある。首都のフナフチでは伝統的な自給自足が失われてきているとしても、そこには自然の恵みをいただいて生きる知恵を持ち、それを実行できる逞しい体格のツバル人がいる。生まれ故郷の離島に戻って伝統的な自給自走の暮らしを再開すれば、生き延びることができる。しかし、私たち日本人はどうであろうか?

温室効果ガス排出削減を目指す低炭素社会への移行は、貴重な石油資源の消費スピードを抑え、枯渇の時期を遅らせる為の大切なプロセスである。その間に代替の自然エネルギーの開発や新設を推進することは、もちろん優先事項ではあるが、日本の経済システムの基盤を担っている大量生産大量消費の社会システムの見直しに背を向けている現状では目的は達成できない。このシステムは文字通り大量に二酸化炭素を生産し、石油を消費する。

10年来ツバルに通い続ける中で、僕がいただいた大切な知恵は「所詮人間は動物である」と言うことだ。人間はモノやお金に頼らずに自力で生きることができなければいけない。言い替えれば、モノやお金がなくても、生きていさえすれば幸せなのである。この視点でまわりを見回してみると、日本には無駄ばかりが目立つ。その無駄を支えるために化石燃料を大量に消費し、温室効果ガスを大量に生産する。楽しく買い物をしている時に、その行為が自分の寿命を縮めていると感じる人はいないと思うが、今の消費社会は私たちの未来さえも高速で消費し続けている。このシステムから抜け出すためには、まず、買う事をやめるべきだ。今それを買わなくても死なないのであれば買わない方が良い。

最後にツバルの小学生の言葉を紹介して終わりにしたい。
「先進国の皆さんは、工場で車やバイクなどを大量につくるのをやめてください、その過程で大量の温室効果ガスが出ていると思うのです。」
モツアロファ 12才

  • ※1 海面上昇の原因の6割は海水の熱膨張にある。極地の氷の融解とは無関係に海面は上昇してきた。IPCC4次評価報告書の中では、ここ100年で地球の平均海面は17cm上昇したことが報告されている。
  • ※2 地下水と言っても、地盤面からの深さは1.5m〜5m程度の浅い地中に真水が貯まる層がある。
  • ※3 キングタイドという現象は、およそ100年ほど前にも観測された記録が残っている。その当時は年に1回起こるかどうかの珍しい現象に過ぎなかったが、近年、特に2000年以降は毎月の大潮の際には必ず海水が湧き出してくると言っても過言ではない。頻度も増し、湧き出してくる海水の高さも年々高くなっている。

(2009年12月4日)

遠藤 秀一

 

Profile

遠藤 秀一(えんどう・しゅういち)
写真家、特定非営利活動法人 Tuvalu Overview代表理事

南の島々、特にツバル国を中心に写真を撮影し、新聞、雑誌、教科書などに提供している。同国を紹介するテレビ番組の制作にもたずさわるほか、写真展、講演会等、様々なメディアを通してツバルの文化や生活、そして同国が直面している地球温暖化による海面上昇の被害を紹介する活動を続けている。1966年福島県生まれ、大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業後、大成建設設計本部に入社、1997年退社、大学在籍中より独学で写真を学ぶ。現地政府と共催しているツバルへのエコツアーも定評がある。2006年に開始した、ツバル人全員を取材して撮影をするプロジェクト「ツバルに生きる一万人の人類」は海外からも評価が高い。

特定非営利活動法人 Tuvalu Overview (ツバル オーバービュー)

 
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